成人式前夜

2018-01-07 (日)
- 或る日常の風景/学級日誌

明日は成人の日。
これまではニュースなどで"荒れる成人式"と取り沙汰されるのを知り、趣旨が理解できない集いであれば廃止してしまえ!と密かに怒りを感じながらも、 全くの他人事であったが、今年はそうはいかない切実な事情があった。

教員になって初めて担任をした生徒たちが成人を迎えるのだ。
5年の歳月は短いようで、やはり長いものだと、成人の日を明日に控えて今の心境を残そうと思う。

更新頻度が低い当サイトのブログですが、壊滅寸前になりながらも続けていて良かったと思うのは、過去の記事を探すことができること。

5年前の卒業式の記事「卒業式」「最後の学活」。
最初に"5年の歳月は短いようで、やはり長いもの"と書いたのは、たった5年前の事なのにほとんど何も覚えていないからだ。

新成人にメッセージを

かつての生徒たちが今年成人を迎えることを知るに至ったのは4ヵ月前に遡る。
同じ学年だった先生からメールを頂いた。「成人式を迎えるにあたって、PTAの方に先生の連絡先を教えても良いか」というもの。
OKしたところ、それから間もなくしてPTAの方から手紙を頂いた。

成人式の会場に「思い出コーナー」を毎年作っているので、そこに掲示するために先生から子どもたちへコメントを頂きたい。という趣旨。
手紙と一緒に色紙と過去の掲示例の写真が入っていた。

色紙に何を書くのか、ほとほと困り果ててしまった。
「新成人おめでとう!」では、ありきたりでつまらないし、グダグダと色紙いっぱいにコメントを書いても微妙であろう……短い言葉で、 これから成人を迎える若人たちに伝えるメッセージはないだろうか。

結局いつまでも書く勇気が出ず、締め切りギリギリまで引っ張ってしまった。
締め切り最後の日曜日。頭を悩ましながら2時間もかかって色紙を書いた。

祝 御成人
  我以外皆我師

常に謙虚で誠実な心を忘れずに
立派な成人として活躍して下さい。

「我以外皆我師」とは、好きな作家 吉川英治が好んで使っていた言葉。
大衆作家として不動の地位を築き上げながら「私以外の人は、みんな私の先生。どんな人からでも学ぶことは必ずある」という謙虚な姿勢を忘れなかったという。

散々悩んだ挙句、人の座右の銘のパクリかよ……。

一人は怖い

高校は通学域が広いため、成人の集いというと中学校の同窓会のイメージが強い。
すると当時の学年の教員は、成人式後の祝賀会に呼ばれるという話を聞いていた。

聞いた話によれば、かつての教え子から職場に電話がかかってきて、是非祝賀会に来て欲しいと招待されるという。
祝賀会の時間と場所は、同じ学年だった先生から教えてもらっていたものの、いったい誰から電話がかかってくるのかと年末からドキドキしていた。
電話がかかってきたときに、どう返答するかも密かにシミュレーションまでしていた。

ところが待てど暮らせど連絡がない。
かつての恩も忘れて、なんて薄情な連中だ!呼ばれていないのにノコノコ出掛けて行くのもアホらしいし、絶対行くものかと心に誓った。

しかし年末になって同じ学年だった先生から、再びメールをもらい「祝賀会出席しますか?」と聞かれた。
「招待されていないんですけど」と返事したら「私も生徒からの接触はありません」だと。
今の時代はそういうものなのかと、ちょっと寂しくなった。

ここで出席するのか欠席するのか壮絶な選択を迫られることになった。
もしかしたら多くの読者は、教員はこういう会に喜んで出かけていくと思われるかもしれないが、さにあらず。

どこかのバラエティー番組のように、
「では、ここでかつての恩師〇〇先生の登場です!」
観客「おおーーっ!」(どよめく)
ゲスト「…………」(号泣)
ゲスト「先生、あの時はお世話になりました。先生のおかげで救われました」
(司会者も涙)

……という展開には、絶対にならない。
そんな良い学校ではないのだ。

生徒A「おっ!〇〇(私の名前)が来たぞー!」
生徒B「キモっ!www」
生徒C「何しに来たんだよwww」
生徒D「ウェーーイwww」
私「」

こんな展開であることは想像に難くない。
同じ初担任の先生は、早々に欠席を表明したとのこと。初担任の生徒なのに顔も見せないんかい!心の中で毒づいた。

今の学校で、生徒指導の困難さに他の先生に「今、自分がやっていることが、生徒のためになっているかわからない」と愚痴ったところ、
「自分もそう思っていたけど成人式に呼ばれて、かつての教え子の言葉を聞いて、間違っていなかったのだと実感できた」などというアドバイスも頂いた。
それは良い学校、良い子どもたちだからこそではないのか。
地べたを這いずり回って泥水をすすって教員生活を送っている自分には、さらなる追い打ちをかけられて立ち直れない気もする。

出席するか、しないのか。
同じ学年だった他の先生の動向が知りたい。結局、出席するのは自分だけでした……という状況では目も当てられない。

連絡をくれた先生に、聞いてみてもよくわからない。
行かない、と言ってしまえば楽なのだろうけど、初担任の子どもたちだしなぁ……。
最終的には、連絡をくれた先生に泣きついた。「一人で行くのは怖いので、一緒に行きませんか?」

明日は私とその先生と、もう一人の先生を拝み倒して、3人で行くことになった。
期待2割、不安8割という心境だ。

ほとんど覚えていない

不安8割の中に、5年前のことなのにほとんど覚えていないことがある。
生徒の名前を聞けば、一瞬のうちにその子の顔を思い出せる自信はある(中学生当時の顔だが)。
ところが顔を見ても名前が出てこない。恐らく半分覚えているかどうかかなり怪しい。名前など所詮記号に過ぎない。
人間いかに記号(文字)より映像の方が記憶に残りやすいかという好例だろう。

このために8,000円も出して卒業アルバムを買ったのだ。これからそれを引っ張り出して復習しなければならない。

そしてさらにまずいのは当時の出来事や思い出も忘れている。

先の5年前のブログ記事を読み返してみて、

体育大会--賞こそは逃したけど、学年種目の大縄跳びで最初に飛んだのはウチのクラスだった。この成功で他のクラスに火をつけた。 体育大会を引っ張ってきたのは3Bだという自負がある。

合唱コンクール--立派だった。結果には驚いたが発表を聞くまでは、優秀賞(2位)はもらったと思っていた。

最後の学活より

何も覚えていない……合唱コンクールでどんな曲を歌ったのかも。

前に座っていた生徒が2人、色紙と花束をくれた。
クラスで人気講師の先生に色紙を書いていたのは知っていたが、自分への色紙はまったく知らなかったのでこれは本当に嬉しかった。

最後の学活より

色紙なんてあったっけ!?
慌てて部屋をゴソゴソ探し出し、色紙を発見した。ブログ書いておいて助かった。

花束は小さいものだったが、クラスの子たちが自分たちのお金で花束をくれたということを思うと最後は涙が止まらなかった。

花束を渡されるときに「花言葉を調べてください」と言われた。
ところが理科の教員のくせに花には全く詳しくなく、何の花だか忘れてしまった。

最後の学活より

これだけは思い出した。誰が渡してくれたのかも。花言葉は確か「私を忘れないで」だったような気がする。

あと何回卒業生を送り出すのだろう。
初めての卒業生は忘れられないとベテランの先生方から言われるが、良くも悪くも色々あった。
きっと忘れない。

最後の学活より

まったく申し訳ない。

他の先生方は覚えているものなのだろうか。
それとも自分が薄情すぎるのだろうか。
こんなことになるのだったら、もっとクラスで色々やって思い出を作っておくべきだった。

これから忘れ去られた記憶を思い出す作業が始まる。
明日はいったいどうなるのか。正直怖い。

コメント投稿

お名前
URL /
メールアドレス
(オプション)
コメント
今年の西暦

この記事のリンク用URL&トラックバックURL

http://worholicanada.mydns.jp/snapblog/diary/class/20180107_01.htm

archives & comments

Month

Comments